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* 富山の薬売りに学ぶ事業スピリット(第4回) *


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【 富山の薬売りに学ぶ事業スピリット(第4回) 】 〜利(り)の巻〜

 組み合わせとつながりが利益創造の鍵 (「企業診断ニュース」2010年5月号掲載)

1.パテント・メディシン

(1) 欧米の売薬行商人

 和英辞典で「売薬」に相当する英語を引くと、patent medicineという熟語が載っている。patent(パテント)は一般的に特許を意味する英単語であり、medicine(メディシン)は医薬品である。直訳すると“特許薬”ということになるが、それでは富山の薬売りの実感にそぐわない。欧米で過去行なわれた医薬品の行商の実態を踏まえると、“特効薬”とでも翻訳するのが穏当である。


 もともとpatentは、国王による販売許可状(letters patent)を意味していた。日本風に表現すれば、殿様のお墨付きである。それが近代国家の知的財産権制度の確立を経て、特許を意味する言葉となった。例えばpatent officeは特許事務所(弁理士事務所)であり、Japan Patent Officeといえば特許庁のことである。


 歴史上patent medicineと呼ばれる薬を扱った欧米の行商人は、特許権を取得した医薬品を販売していたわけではない。また、そもそも建国時から国王が存在しないアメリカ合衆国では、お墨付きという点でも根拠を欠いていた。そのため、良く言えば巧みな広告宣伝による自己ブランド化、悪く言えば効果効能に関する誇大表示のような手法によって、医薬品の販売先を確保していたのが実状である。さらには、取り扱う医薬品の成分についても、怪しげな原材料に由来するものが少なくなかったと言われる。“特効薬”と呼べるほどの薬効が安定的に得られていたわけでもなく、規制の強化と相まって20世紀の前半には姿を消している。

(2) 富山の売薬行商人

 売薬さんこと富山の薬売りは、patent medicineと呼ばれた欧米の行商人とは成り立ちを異にする。とはいえ、patentを現代の法律用語としてではなく、販売許可状と商品ブランドの複合概念として捉えれば共通点も見えてくる。


 まずは、殿様のお墨付きである。富山藩の財政力の強化と地場産業の育成を背景にもつ薬売りは、富山藩の庇護のもとにあった。薬は専売品ではなく、売薬行商人の主体的な仕入れと販売に任されていたが、経済活動に対する規制の厳しい江戸時代にあっては、通行許可や販売許可などお上の特別な力添えがものを言う場面が多々あった。この点で、国王による販売許可状に通じるものがある。


 もうひとつは、地域ブランドである。越中富山といえば薬売り、薬売りといえば越中富山、という関連性が全国的に認知されていた。また、反魂丹(はんごんたん)という特効薬の名前が、富山藩二代藩主の逸話と相まって親しまれていた。これは知的財産権のうち、商標が有するトレードマークやサービスマークとしての機能に相当する。もっとも販売促進の手法としては、広告宣伝よりもむしろ個別の顧客に対する情報提供(土産話)や粗品進呈(今でいうノベルティ)が功を奏していた。


 一方で欧米との相違点として見逃せないのは、薬の効き目と品質管理が確かであったことだ。万が一薬害が起きれば、藩自体の存亡に関わる不祥事となる。江戸時代から現代に至るまで、富山の薬売りにまつわる不祥事が起きることなく、薬売りの伝統が長らえたことは、誇ってよいだろう。

(3) 現代の状況

 明治時代以降、殿様のお墨付きという前提は失われた。また知的財産権制度の整備に伴って、新規性などを欠く薬は特許から縁遠いことが明らかになった。薬効に関しても、特効薬と呼べるような強い効果効能をもつ医薬品は、もっぱら病院内で用いられる医療用医薬品に限られていて、配置販売業で扱うことはできない。patent medicineという訳語は、現在の状況を反映していない。むしろ分不相応な効果効能をうたう薬とも受け取られかねない。モンゴルへの普及事業などでも、置き薬をあえて英語に翻訳することなくokigusuriとして通用させている状況がある。


 ちなみに、2008年の薬事工業生産動態統計年報(厚生労働省)によると、国内の医薬品生産額約6兆6千億円のうち、医療用医薬品が9割を占め、一般用医薬品は残りの1割を占めている。従来配置販売業で用いられてきた配置用家庭薬の生産額は約290億円であって、全体の0.4%にすぎない。おおざっぱに表現すると、医薬品生産額の10分の1が一般用で、そのまた25分の1が配置用ということになる。しかも配置用家庭薬の生産額は年々減少している。


 富山県の医薬品生産額はこれまで埼玉・静岡・大阪に次いで全国4位であったが、直近の統計では大阪府を抜いて3位になった。これは、大手製薬会社などから獲得した受託製造の案件が増えていることが背景にあり、昔ながらの配置用家庭薬の生産が増えているわけではない。

(4) 知的資産の観点から

 知的財産が価値を高める過程には創造・保護・活用の三要素があり、特許制度が存在しない時代から社会的な仕組みとして売薬の保護と活用を図っていた事実は興味深い。とはいえ現代の世において、長年にわたる研究開発のすえ新薬として世に送り出される正真正銘の特許医薬品と伝統的な医薬品販売業とでは、おのずから事業戦略を異にしている。


 ひとつの着眼点として提案したいのは、知的資産の切り口で薬売りを捉えることだ。知的資産は知的財産権(特許権など)より広い概念であって、知的活動の成果として得られる無形の経営資源の総称である。以下に一例を挙げる。


 配置販売業では顧客台帳のことを伝統的に懸場帳(かけばちょう)と呼んでいる。どんな薬をいくつ配置して、何がどれだけ使われたかといった基本事項に加えて、顧客の健康状態や家族構成などの情報も記録している。薬の使用状況つまり回収できる代金はその都度顧客を訪問してみないと分からないので、売掛金そのものが載っているわけではないが、傾向を分析すれば懸場(顧客の集合)が1年間に生み出すおおよその売り上げを算出することができる。


 そして懸場は、従事者が高齢などを理由に廃業しても顧客への役務を継続できるように、取り引きの対象になっている。個人情報保護の点では、同業者が事業ごと顧客を承継して情報を保護する形をとっている。単に名簿を売り買いするのではなく、M&A(合併と買収)の対象として会社を売り買いする感覚に近い。また富山の薬売りに対する信頼から、顧客の信頼も承継されるのが常である。このような顧客の信頼の承継は、事業の対外的関係に附随する知的資産(関係資産)が取引価値をもっている好例と考えられる。


 そのほか、必ずしもそれ自体が取引価値をもつわけではないが、例えばまちづくりにおいて薬膳が各種の地域資源(路面電車など)と連携する可能性は、関係資産の現われと見ることができる。理想的には、連携を通じて顧客の信頼を分かち合うことができれば、価値増大の連鎖が生まれることになる。

2.薬九層倍(くすりくそうばい)

 医薬品販売の利益率の高さを揶揄する表現に、「薬九層倍」という言葉がある。仕入れ値の9倍もの値段を付けて売っている、要するに薬は儲かるのだ、という通念から生まれた言葉である。


 この点いわゆる違法薬物には末端価格という概念が付いてまわり、そこで生まれる利益は中間搾取のようなもので実体がない。それに対して正規の医薬品販売では諸経費が発生する経済活動の実体があって、相応の販売費・一般管理費がかかっている。配置販売業では、薬を手元に置いていつでも使ってもらえる利便性や、薬を使った分だけ代金を頂く支払いの便宜性を追求する分、値段が割高になる傾向にある。それでも9倍もの値段にはならないので、誤解を招く表現ではある。


 薬九層倍は古臭い俗諺に過ぎず、事実無根であるから言及しないという姿勢もありえる。しかしここでは、古いことわざも一つの資源と捉えて活用を図ってみよう。


 層倍という昔ながらの倍数表現にあやかって、層を作る。異なる特徴をもった事物が層状に折り重なって、売り上げの厚みを実現している状態を考えてほしい。


 いわば現代版の薬九層倍は、伝統的な薬売りを基層として、異質ながらも相互に関連性をもった事物が幾重にも折り重なっていることを特徴とする。それぞれの層を構成する事物は、利益を独り占めすることもなく、大儲けすることもないが、潰れて消えることもない。


 「事物の組み合わせ」や「事物のつながり」が、価値の増大をもたらしているという図式である。

3.事物の組み合わせ

 現代版の薬九層倍に求められる「事物の組み合わせ」という観点から見ると、すでに薬箱の中には異なる種別の品物が納まっている。


 多くの薬箱には、第2類・第3類の医薬品に加えて、医薬部外品や健康食品などが入っている。医薬部外品は人体に対する作用の緩やかなもので、典型例は栄養ドリンク・絆創膏・入浴剤などだ。健康食品には法律上の定義がなく、健康の保持増進に役立つと世間的に認識されている食品を意味する。


 医薬品は病気になったり怪我を負ったりしないと使う機会がないが、例えば風邪予防のために入浴剤を使って保湿に努めることは日常的にありえる。顧客によっては医薬品以外の売り上げの方が多いこともあり、配置販売業の事業者にとってもうま味がある。予防を重視した取り組みは、セルフ・メディケーション(自己治療)の推進という時流にも沿っている。


 とはいえ、予防を名目にして必要でもない商品を売り付けるならば、本末転倒であるし、薬売りの信用を害することにつながる。医薬品の配置販売業の外観をとりつつ実態は高額商品の訪問販売である、といった悪徳商法の例も無かったわけではない。


 ここで規範として参照に値するのは、WHO(世界保健機関)による健康の定義である。すなわち健康とは、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない。WHOが定義するとおり、身体的のみならず精神的・社会的にも良好という点が鍵であり、例えば不必要な薬や食品の摂取を強いられるのは、身体的・社会的にも良好な状態とは言いかねる。医薬品販売業の従事者は倫理上、顧客の健康を第一に考えるべきである。

4.事物のつながり

(1) 薬売りの特徴に着目する

 現代版の薬九層倍に求められる「事物のつながり」という観点から見ると、まずは薬膳が地域資源(路面電車など)との連携のもとまちづくりに寄与する、といった試みを候補に挙げたい。これはインフラストラクチャーとしての性質に共通点があることなどから、可能性を見出したものだ。


 また、WHOの定義する健康を実現するための諸活動は、伝統医療とつながりをもつことができる。例えば現在ヘルスツーリズムと呼ばれる、健康の回復・維持・増進を図ることを目的とした旅行を富山の地で提供することが、富山健康保養地構想などとして検討されている。保健・医療のみならず商工業などの一般事業者も、顧客の社会的に良好な状態の実現に向けて寄与することができる。

(2) 越中富山の含意に着目する

 昨年、株式会社越中富山企画塾が、企画の学校(富山校)の運営会社として設立された。同社は企画書の作り方などを教授する株式会社企画塾の提携先の一つであるが、全国各地に存在する提携先のうち、企画の学校を事業目的とする会社の設立にまで至ったのは富山が初めてであった。


 越中富山企画塾では事業企画を書ける人材が次々に育っていて、販売促進の成功事例も出てきている。商号に含まれる「越中富山」はもちろん富山の薬売りにちなんだものであり、企画塾の提携先を通じて全国各地に人材育成や販売促進のモデル事例として伝わることを期待している。

(3) 巡回の周期性に着目する

 配置販売業における3か月に1回あるいは半年に1回といった巡回の周期性を、共通点として捉えることができる。


 富山市の勉強会・異業種交流会「とやまキトキトBIZ(ビズ)ねっと」は2008年1月の創設以来、毎月第2土曜の例会開催を堅持している。運営者や例会講師の個人的な都合によって開催日時がずれることはなく、それが当会の信頼につながっている。


 富山市の音楽事業会社が仕掛ける「oravoの音楽」は、2009年4月から中心市街地のライブホールで毎月の公演を重ねて、音楽によるまちづくりを実践している。


 いずれも、顧客のもとに訪問するのではなく、周期性が生み出す場をデザインすることで、顧客に訪れてもらう流れができている。地域資源として連携の可能性が考えられる。


 そのほか、2010年3月に富山市で発足した地域活性化のための任意団体「富山元気プロジェクト」では、月の満ち欠けの周期に着目して活動を展開している。月に関わる伝統行事(仲秋の名月など)を掘り起こすことで、催しに絡めて商業の活性化を図れるだけでなく、自然の時間の流れに沿うことで、健康の増進につながる可能性や、農林業などの第一次産業とも親和性があることに注目している。なお、満月などが夜空に現われるのは自然現象ゆえ、月が顧客のもとに定期的に訪問してくれている。

5.終わりに

 このたび「富山の薬売りに学ぶ事業スピリット」と題して、4か月もの長期にわたって拙稿を披露する機会を頂きました。先の巻・用の巻・後の巻・利の巻をあわせると「先用後利」となって、富山の薬売りの基本理念を表わす言葉が完成します。


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