jienology  jienology.com 
jienology.com -((・∀|lll| ジエノロジ研究所- 【サイトマップ】

トップページ > 記事集・資料集 > 富山の薬売りに学ぶ事業スピリット(第3回)
 会社案内   役務と活動実績   地域資源   年代記   記事集・資料集   写真集 

 【  中小企業診断士の公益活動   富山の薬売りに学ぶ   ファシリテーション   勉強会短信   富山元気   青年議会   経営診断 

 【  プロボノ情報一覧 

* 富山の薬売りに学ぶ事業スピリット(第3回) *


第1回 先(せん)の巻 | 第2回 用(よう)の巻 | 第3回 後(こう)の巻 | 第4回 利(り)の巻

【 富山の薬売りに学ぶ事業スピリット(第3回) 】 〜後(こう)の巻〜

 後世に受け継がれる薬売りの志 (「企業診断ニュース」2010年4月号掲載)

1.国際協力

(1) 薬の広貫堂(こうかんどう)

 富山市では2006年に、富山ライトレールと呼ばれる路線が開業している。これは富山駅の北口と港のある富山市岩瀬地区とを結ぶ路面電車である。岩瀬地区は江戸時代には日本海航路の北前船(きたまえぶね)の寄港地として大いに栄えた街であり、物資の流通の面で薬売りとの関わりも深い。


 それに対して、富山城下の旧市街地は富山駅の南方に広がっている。ここには市内電車と呼ばれる旧来の路面電車が走っていて、一部で環状化されるなど再投資も行なわれている。路線には広貫堂前駅といって、ひとつだけ民間企業が駅の名前になっている駅がある。株式会社広貫堂は、配置販売業で用いる伝統的な薬を製造販売している、富山を代表する製薬会社である。富山藩の反魂丹(はんごんたん)役所を引き継ぐ形で、明治時代の初頭に薬売りが資金を持ち寄って設立された、由緒ある企業である。社名の由来は富山藩二代藩主の前田正甫(まさとし)の志にあり、全国津々浦々に広く救済の志を貫通する思いから「広貫堂」と名付けられた。


 広貫堂は医療用医薬品や一般用医薬品の製造販売が本業であるが、関連事業としてカフェや資料館などの運営も手掛けてサービス業としての側面も備えている。また、地域の活性化につながる公益的活動にも積極的である。ここでは、薬売りの志という観点から、国際協力の分野で価値ある成果を収めている事例を紹介したい。モンゴルへ置き薬の商法を伝える事業に対する、広貫堂からの協力である。

(2) モンゴルへ伝わる置き薬

 2001年のこと、モンゴル政府から日本財団に医療援助の要請があった。日本財団(財団法人日本船舶振興会の愛称)は海洋関係の事業のほか、社会福祉などの活動への支援や国際協力活動を行なう助成財団である。モンゴルでは今でも多くの国民が遊牧民として草原に暮らし、都市の医療機関を利用しづらい状況にある。日本財団としても、プライマリ・ヘルスケア(基本的人権としての健康)を充足するためよい方策はないかと知恵を絞ったところ、思い至ったのが富山の薬売り、つまりは各家庭に薬箱を預ける置き薬の商法であった。遊牧民の手元に薬箱を預け、必要に応じて薬を使ってもらい、定期的に代金回収に訪れる仕組みを導入できないかと考えた。


 その後2003年から2004年にかけて、日本財団および富山県モンゴル友好親善協会からの要請を受けて、広貫堂が支援に乗り出すことになった。現地での実務は、ウランバートルに設立されたNGO(非政府組織)のワンセンブルウ・モンゴリアが、日本財団の助成を受けて置き薬の普及事業を実践する形をとる。広貫堂の役割は、安全性の高い医薬品の提供といった物質的な支援やモンゴルの製薬会社との業務提携といった取り組みもあるが、教育的な面での働きも大きい。モンゴルから研修団を受け入れるとともに、先用後利(せんようこうり)の言葉に示される富山の薬売りの思想を伝えることに努めた。


 かつてモンゴルでは旧ソ連に医療サービスを依存する一方、生薬を利用するような伝統医療は事実上禁止されていた。現在では伝統医療の価値が認められ、人材育成など各種の振興策が行なわれている。2007年にはウランバートルで、WHO(世界保健機関)と日本財団の共催による伝統医療国際会議が開催され、アジア地域を中心とする諸国から注目を集めた。

(3) 伝統医療への注目

 その後富山の薬売りの商法は、東南アジアの各国にも普及していった。2008年にはタイで、2009年にはミャンマーで導入が図られている。そのほかの国々でも伝統医療への注目が高まっている。WHOは1978年にプライマリ・ヘルスケアに関する国際会議で採択したアルマ・アタ宣言において、伝統医療の活用を提唱している。広貫堂を初めとする富山の薬売りの協力のもと、同宣言が具現化されたことは意義深い。同宣言から30周年にあたる2008年には、北京で大規模な伝統医療国際会議が開催され、70か国から約2000人が集う盛会となっている。


 人文地理学的にみると、モンゴルやチベットから東南アジアにかけては仏教文化圏であり、伝統医療としての漢方に比較的馴染みがある。また、先進諸国においてもいわゆるスローライフに対する関心やハーブなどに対する需要が高まっており、伝統的な商法で薬を携え数か月に1度訪れる売薬さんのあり方は、時間や資源の使い方で時流に沿うものと言えるかもしれない。


 ちなみに、モンゴルへ普及する際に予想される問題点の一例として、移動を繰り返す遊牧民の行方が分からなくなり、薬の代金回収が困難にならないかと心配されるが、そんなことはないという。遊牧民ゆえに移動に対する感度が高く、互いにおおよその居場所を把握している状況がある。隣近所がいつの間にか引っ越していて、どこへ行ったか分からない、というのはむしろ都市生活の特徴であるようだ。

2.新事業への取り組み

(1) 薬膳

 広貫堂は富山駅前で飲食店を営んでいる。「春々堂(ちゅんちゅんどう)」という名前の薬膳カフェである。薬膳とは伝統医療の理論に基づいて、食物の作用を生かして作られた食事を意味する。料理に風邪薬や胃腸薬などの医薬品が付いてくるという意味ではない。むしろ医薬品のような効果効能を標榜すると薬事法に触れてしまう。


 薬膳は、生薬を材料に取り込むことが多いが、必須ではない。医食同源という言葉から窺えるように、一般的な旬の食材を適切に調理して頂くことで健康を保つことができれば、それも立派な薬膳である。とはいえ、富山の老舗製薬会社が提供する薬膳であるので、生薬その他の材料を生かした調理法についての研究開発は、大学教授などの協力のもと精力的に行われている。


 また、富山駅から南に1キロメートルほど離れた中心市街地では、老舗の薬種商である株式会社池田屋安兵衛商店が店舗を構えている。1階は座売りと呼ばれる伝統的な様式で医薬品を対面販売する薬局としての機能と、昔ながらの薬売りの道具類を見学・体験できる施設としての機能を併せもっている。2階では「薬都」という名前の薬膳専門店を15年前から営業している。店舗のすぐ隣には別棟で、まちの駅の機能を備える土産物店を営んでいるため、観光情報の収集やお土産の品定めでお腹がすいたら薬膳専門店で食事を楽しむといった流れができている。


 池田屋安兵衛商店の池田安隆社長は、老舗の三代目として反魂丹(はんごんたん)ブランドの自社製品を守りつつ、料理の研究などにも力を入れている。中心市街地の立地や老舗の店構えを生かして観光事業者への営業活動にも積極的であり、今では鱒寿司(ますのすし)の工場などと並んで観光バスが頻繁に訪れる観光名所となっている。また、地域のまちづくり団体の街歩き企画への協力や、地元の子どもたちの体験学習への支援なども行なっている。

(2) 置き菓子

 江崎グリコ株式会社は都市部の事業所向けの販売方式として、「オフィスグリコ」という事業を2002年から始めている。現在オフィスグリコの提供地域は東京近辺や京阪神地区などの一部地域に限られるが、まさに“置き菓子”ともいうべき商法を実践している。


 お菓子の専用箱やアイスクリームの専用冷凍庫などをオフィスに置き、オフィスの人々は自分がお菓子を食べた分だけ代金箱に料金を投入し、週に1回程度江崎グリコの職員がお菓子の補充や入れ替えおよび代金の回収に訪れるという方式である。野菜の無人販売、つまり無人の売り場に野菜が並べられていてお客は代金箱にお金を入れて欲しい野菜を持ってゆく方式に着想を得たというが、基本的な仕組みは置き薬の商法にほかならない。ちなみに成功要因としては、都市部の高層ビルディングではエレベーターを乗り継いで店舗に出向くのは意外に不便という事情も挙げられる。

(3) 生活便利箱

 富山県黒部市で、昨年末から「生活便利箱」という取り組みが始まっている。主に高齢者の世帯を対象にして、日用品などを詰めた箱を配置して、月に1度代金を集めている。


 生活便利箱は、黒部市の中心市街地の商店街店主で組織する「かって屋ふれあい便事業委員会」が運営している。同事業委員会では昨年9月から、商品を一覧できるカタログの配布と注文ごとに応じる宅配とを組み合わせた、高齢者の買い物支援を行なってきた。取り扱い商品は、生鮮食品や衣料・日用品から仏壇の修理に至るまでさまざまである。


 その取り組みの過程で利用者から寄せらせた、急に必要になる品物(電池や香典袋など)が身近にあれば助かるとの声に応えて、地元富山の置き薬の商法にならった生活便利箱の配置を始めた。もちろん代金は、品物を使った分だけ頂いている。同事業委員会では国のふるさと雇用再生特別交付金を受け、事業の展開に弾みをつけている。

3.成長戦略とまちづくり

(1) 成長ベクトル

 戦略経営論者のH.I.アンゾフは、成長ベクトルと呼ばれる企業の成長戦略のモデルを、製品と市場の二つの軸で示している。製品軸と市場軸の掛け合わせで、市場浸透・製品開発・市場開発・多角化の四つの成長戦略に分類される。


 同一企業の事例ではないが、置き薬の商法から派生した各種の取り組みをまとめると、さしずめ下図のように示すことができよう。


富山の薬売りの成長ベクトル
 現在の製品新規の製品
現在の市場市場浸透戦略
〔例:サプリ社〕
製品開発戦略
〔例:生活便利箱〕
新規の市場市場開発戦略
〔例:モンゴル売薬〕
多角化戦略
〔例:薬膳〕

 配置販売業を徹底する株式会社サプリの取り組みは市場浸透に、モンゴルなどへの導入は市場開発に、置き菓子や生活便利箱は製品開発に、薬膳は多角化に相当する。置き菓子は、都市部のオフィスに狙いを定めた点で市場開発の側面も備えている。


 そして薬膳は、料理を提供するという新規性もさることながら、観光客などを対象にすることから市場の新規性をも備えている。また、各々の家庭や事業所に何かの箱を預けて使った分だけ代金を頂くというビジネスモデルからは脱却していて、取り組みの中では異質である。

(2) 薬膳とまちづくり

 薬膳は、伝統医療の知見に基づいて生薬を活用するという点で、伝統的な医薬品と共通の基盤をもつ強みがある。その一方で、医薬品の配置販売業や店舗販売業とは業種・業態を異にするため、扱いには工夫が必要であるが、大きな可能性を秘めている。新しい試みは、富山の街なかの魅力増大につながる形で活用したい。


 この点、富山は「薬都」を自称しているが、実のところ市街地で薬をイメージさせる仕掛けは乏しい。例えば杜の都仙台や水の都ヴェネツィアの景観と比べると、街なかに「薬」があふれている状況とは言いがたい。もともと富山の薬売りは原材料を中国から輸入していて、街なかや野山に生えている薬草などを使用していたわけではない。また、近代以降は医薬品が品質管理の行き届いた工場で生産され、一般の目に触れることもなくなった。さらに、配置販売業では、商売の現場は訪問先の家庭にあって街なかには無い。このような状況下で、いわば富山の薬が街なかに飛び出す形となった薬膳カフェは、まちづくりの面からも貴重な存在である。


 薬膳カフェなどを地域資源の拠点と考え、それらを線で結んだり面的に展開したりして、街なか回遊の仕掛けづくりに寄与できる。例えば料理や薬は人の五感に訴えるものなので、身体感覚に訴える仕掛けは強みを生かすことができるだろう。薬袋や薬種商の看板(視覚)、お客との会話(聴覚)、薬の臭い(嗅覚)と味(味覚)、貼り薬や塗り薬の感触(触覚)といった薬に伴う身体感覚をそのまま街なかの仕掛けに転用するのは難しいが、具体的な方策はいくつか挙げることができる。例えば街なかに薬草を植え街路を花で飾るという試みが、有志によって始まっている。店舗や施設の案内や交通機関の路線図などの情報提供は、薬をテーマにした一貫性のあるものが可能であろう。薬袋の絵柄やおまけ(紙風船など)のデザイン、風呂桶のケロリン(富山市の内外薬品株式会社の登録商標)など、視聴覚に訴える広告宣伝はもともと富山の薬売りの得意領域なのだから。


 幸いにして地方都市の富山市は中心市街地の規模が大きくなく、コンパクトシティと呼ばれる都市計画の方針を採っていることもあり、徒歩と電車とコミュニティバスなどで巡回できる規模にある。また昨年富山市が登録制のレンタルサイクル事業を始め、中心市街地の十数か所に設けられた専用ステーションで自転車を自由に乗り降りできるようになって利便性が増している。


 路面電車は街なかのインフラストラクチャーとして、先用後利の特徴を備えている。元祖先用後利の富山の薬売りとしては、街なか回遊の継続的な仕掛けづくりにこれを活用しない手はない。また、インフラストラクチャーという点では携帯電話も同様であって、情報の受発信端末としての活用方法が期待される。個人旅行の観光客の増加、健康への関心の高まり、環境負荷に配慮した乗り物への移行といった追い風が吹いている。

【 富山の薬売りに学ぶ事業スピリット(第4回) 】 〜利(り)の巻〜

このページのトップへ ▲


jienology.com -((・∀|lll| ジエノロジ研究所- http://www.jienology.com/